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名古屋地方裁判所 昭和46年(行ウ)9号 判決 1972年11月16日

名古屋市東区矢田町九丁目四九番地

原告

臼井猪織

右訴訟代理人弁護士

大橋茂美

村橋泰志

名古屋市東区主税町三丁目一一番地

被告

名古屋東税務署長

新美猛

右指定代理人

伊藤好之

長谷正二

吉田和男

須山米一

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

「被告が昭和四四年八月二五日付でなした原告に対する昭和四二年分所得税の決定処分および無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

(請求の原因)

一、被告は原告に対し、昭和四四年八月二五日付、原告の昭和四二年分所得税に関し、別紙課税処分表記載のとおり所得税決定処分および無申告加算税賦課決定処分(以下「本件各処分」という)をなし、原告に通知した。

二、原告は、本件各処分に対し、昭和四四年九月二四日被告に異議申立をしたが、被告は同年一二月二三日、これを棄却する旨の決定をしたので、原告は昭和四五年一月二〇日、さらに訴外名古屋国税局長に審査請求をしたところ、訴外国税不服審判所長は同一〇月八日、これを棄却する旨裁決し、同年一一月一四日付で原告に通知した。

三、しかし、被告のなした本件各処分は違法であるので、取消されるべきである。

(請求の原因に対する被告の認否)

請求の原因一、二の事実は認め、同三は争う。

(被告の主張)

一1  原告は、昭和四二年一一月二七日、原告が発起人の一人である訴外臼井ビル株式会社(本店所在地名古屋市東区矢田町九丁目四九番地、以下「訴外臼井ビル」という)の設立にあたり、原告所有の名古屋市東区矢田町九丁目四九番、宅地五一七・五二平方メートル(一五六・五五坪)(以下「本件土地」という)を時価四〇〇万円として現物出資した。

2  しかし、右現物出資は所得税法上の資産の譲渡に該当するものであり、したがつて、原告は右現物出資による譲渡所得をえたことになる。また右現物出資は臼井ビルの株式払込期日の昭和四二年一一月二四日までになされているから右譲渡所得の帰属年は昭和四二年分であることが明らかであるのに、原告は昭和四二年分所得税の申告をしなかつた。

二1  ところで本件土地の時価として右四〇〇万円は著しく低額であり、右現物出資当時の更地としての価額は一九、六六六、〇〇〇円を相当とし、また当時本件土地につき、原告の父訴外臼井久雄が借地権を有し、右地上に建物を所有ししていたから本件土地の価額は右借地権価額相当額を控除すべく、右借地権価額の更地価額に対する割合(以下「借地権割合」という)は五〇パーセントであるから、結局本件土地の当時の価額は九、八三三、〇〇〇円であり、本件の現物出資額四〇〇万円はこの二分の一に満たない著しく低い対価によるものであるから、原告は所得税法五九条一項、同施行令一六九条により、当時の価額相当額である九、八三三、〇〇〇円で資産の譲渡があつたものとみなされ、譲渡所得計算上の収入金額は、九、八三三、〇〇〇円あつたことになる。

2  なお、原告は、名古屋地方裁判所選任の検査役郷成文作成にかかる検査報告書記載の一四、〇八九、五〇〇円をもつて本件土地の更地としての適正価額であると主張する。しかし、現物出資にあたりなされる検査役の検査は、現物出資の目的財産の価額が時価を超えて評価される結果、会社資本の充実を欠くに至ることを防止することを要点とするものであるから、本件においても右検査役の検査報告は訴外早川友吉の鑑定評価を有力な要因として右金額を以て適正価額となしたに過ぎないのであり、本件現物出資額が四〇〇万円であるから、本件土地の適正価額がこれ以上であればよいとの観点からなされたものとみるべきである。しかも前記早川の鑑定評価は単に固定資産税評価額を二・五倍した額と相続財産評価基準路線評価額を一・五倍した額のだいたい中間をとつたものにすぎず、とくに右各倍率の合理性についてなんらの根拠がなく本件土地の時価算定の要請には全く応えられないものであり、これをもつて適正な評価額であるとは到底いえない。また、たとえ右検査報告にもとづき裁判所が現物出資を正当と認めたとしても(前記検査制度の趣旨からして検査報告書記載の時価の算定をも正当とする趣旨のものでなく)、課税庁が右一四、〇八九、五〇〇円の評価額を認めなければならぬものではない。

三、 よつて、右収入金額を基礎に原告の昭和四二年分所得税にかかる総所得金額に加算すべき譲渡所得金額を計算すると次のとおりである。

<1> 収入金額 九、八三三、〇〇〇円

<2> 取得価額 一、五〇〇、〇〇〇円

<3> 譲渡益(<1>-<2>) 八、三三三、〇〇〇円

<4> 特別控除額 三〇〇、〇〇〇円

<5> 譲渡所得の金額(<3>-<4>) 八、〇三三、〇〇〇円

<6> 総所得金額に加算すべき譲渡所得金額(<5>×1/2) 四、〇一六、五〇〇円

四、右のとおり原告の昭和四二年分所得税にかかる譲渡所得金額は、四、〇一六、五〇〇円であるから譲渡所得金額を三、七六九、〇〇〇円とし、これに給与所得を加算したうえ別紙に記載のとおり所定の控除をしてなした本件決定処分は、その適正額の範囲内のものであつて適法であり、また右決定処分により納付すべきこととなつた所得税額を基礎とした本件無申告加算税の賦課決定処分も適法である。

(被告の主張に対する原告の認否とその反論)

一、被告の主張事実中一1の事実および同2の主張のうち現物出資が昭和四二年一一月二四日までになされたこと、原告が昭和四二年分所得税の申告をしなかつたこと、同二1の事実のうち当時本件土地につき訴外臼井久雄が借地権を有し、地上に建物を所有していたことおよび同三の各事実中、<2>取得価額が一五〇万円であることは各認めるがその余の事実は否認する。

二、本件現物出資のなされた当時名古屋地方裁判所選任の検査役郷成文が目的財産である本件土地について更地としての価額を一四、〇八九、五〇〇円(三・三平方メートルあたり九万円)と検査報告したのであるから、右価額を以て本件土地の適正な時価相当額とすべきであり、殊に右は裁判機関の検査決定した価額であるから、課税庁としてもこれを尊重しこれに従うべきことは当然である。

三、 原告は、名古屋東税務署員との納税相談の結果、本件現物出資による譲渡所得につき、昭和四三年分所得税について確定申告しており、昭和四二年分について期限内に申告書を提出しなかつたことにつき正当な理由がある。

第三証拠

(原告)

甲第一号証の一ないし三、第二ないし第七号証、第八号証の一、二を提出し、証人早川友吉の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、二、第三号証の成立は認め、乙第二号証の成立は知らない。

(被告)

乙第一号証の一、二、第二、第三号証を提出し、証人河合元三の証言を援用し、甲第一号証の一ないし三、第二、第三、第七号証、第八号証の一、二の成立を認め、甲第四ないし第六号証の成立は知らない。

理由

第一、請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

第二、そこで、本件各処分の適法性につき判断する。

一、原告が昭和四二年一一月二七日の訴外臼井ビル設立にあたり原告所有の本件土地を四〇〇万円相当とし現物出資したこと、および右現物出資は同社の株式払込期日である同月二四日までになされたことは当事者間に争いがなく、右現物出資は所得税法上、資産の譲渡にあたるというべきであるから、原告は、右現物出資により昭和四二年分の譲渡所得をえたものということができる。

二、そこで本件土地の現物出資当時の価額につき判断する。

1. 証人河合元三の証言および同証言により成立が認められる乙第二号証によれば本件土地の昭和四二年一一月二七日当時の時価相当額は一九、六六六、〇〇〇円であると認めることができる。すなわち右各証拠によれば、不動産鑑定士河合元三は昭和四五年四月名古屋国税局長からの依頼により、本件土地の昭和四二年一一月二七日当時の価額を鑑定評価するにあたり、その更地としての評価額を一九、六六六、〇〇〇円と鑑定評価しているところ右鑑定評価額は、対象土地の近隣地域の更地取引事例にもとづく比準価格および土地残余法にもとづく収益価格を関連づけて算出評価されたものであるが、右比準価格を一九、四〇七、〇〇〇円(一平方メートル当り三七、五〇〇円)と算出するにあたつて、資料とした取引事例の収集過程、右取引事例中からの本件土地に規範性のある適切事例の選択過程、時点修正のための変動率の算定過程、適切事例と対象不動産(本件土地)の比較検討過程等に、とくに不合理と思われる点がないこと、また収益価格を一九、八三三、〇〇〇円(一平方メートル当り三八、三〇〇円)と算出するにあたつて採用された最有効利用状態の認定過程、その場合の収益額必要経費額の算出過程、土地残余法の適用等に、とくに不合理と思われる点がないこと、また右によりえた比準価格と収益価格の開差が一平方メートル当り八〇〇円であるが収益価格の実現性に着目し、かつ地価公示法八条、一一条に従つて対象不動産と類似する標準地とも比較検討しこれと均衡を保ちうるものとして、一平方メートル当り三八、〇〇〇円総額一九、六六六、〇〇〇円と評価額を決定した理由も首肯できるものであること、以上の各事実が認められるほか、右鑑定人自身の公正を疑わせるような事実を認めるにたりる資料もない本件においては右鑑定評価額は一応妥当なものということができるからである。而して、成立につき争いのない乙第三号証によれば、不動産鑑定士補渡辺安正が、原告の依頼により担保提供目的のため本件土地の昭和四二年一〇月一三日時点での更地としての価額を鑑定し、一九、一四七、八七〇円と評価していることが認められ、前記認定にかかる評価額より若干低額であるとはいえ、右は担保提供目的での依頼に対する銀行所属鑑定士の評価であることを考慮すれば、右資料の存在は格別右認定を左右するものでない。

また、成立に争いない甲第二、第三号証および証人早川友吉の証言によれば、当庁選任検査役弁護士郷成文は、本件現物出資についての検査報告にあたり同人の依頼した訴外早川友吉の鑑定評価意見などを総合勘案したうえ、本件土地の更地としての適正価額を三・三平方メートル当り九万円、総額一四、〇八九、五〇〇円としその旨報告したのであるが、右早川の鑑定評価意見は、本件現物出資当時本件土地についての名古屋市の固定資産税の評価額に二倍半を乗じた額と名古屋国税局の相続財産評価基準の路線評価額に一倍半を乗じた額とのほぼ中間額をもつて評価額とするものであるところ、固定資産税の評価額、相続財産評価基準の路線評価額が一般に時価より低額であり相当の倍率を乗じなければ適正価額がえられないとの理由から右倍率が乗じられたものであることが認められる。しかし何故右各倍率が本件土地の適正価額の算定にあたり相当であるかの合理的な根拠については首肯させるにたりる資料はないので、少くとも本件のような個別的取引にあたつての適正価額の認定にあたつては、右早川の鑑定評価額によることは不相当であるというのほかなく、したがつてまた右鑑定意見に依拠してなされた右検査役の検査報告における価額をもつて、本件土地の適正価額ということもできない。その他、先の認定事実を覆えすにたりる適切な証拠はない。

さらに、原告は、検査役の報告した評価額は裁判機関が検査決定したものであるから、課税庁もこれを尊重し、これに従うべきであると主張する。しかし、そもそも現物出資における検査役の検査制度は、現物出資の目的財産の価額が時価をこえて評価され出資額とされることにより会社資本の充実を欠くに至ることを防止するとの観点からなされるものであるから、目的財産の評価額が一応現物出資額以上であるかぎり、現物出資は適正として検査報告されるわけである。したがつて、本件においても、検査役は本件土地価額が現物出資額である四〇〇万円以上であるとの判断の下に本件現物出資を適正としたとみるべく、適正価額が原告の主張する七、〇四四、七五〇円であつてそれを超える価額はありえないとするものでもなく、かつ右価額が裁判所に容れられたとしても、裁判所がこれを公権的に確定したものであるということはできないから右価額を尊重しこれに従うべきであるとの主張は失当である。

2. 次に、本件土地には当時原告の父臼井久雄が借地権を有し、地上に建物を所有していたことは当事者間に争いがないので、本件土地の価額は更地としての価額から右借地権相当額を控除して算出すべく、右借地権割合は弁論の全趣旨によりこれを五〇パーセントと認めるべきである。

よつて、借地権相当額控除後の本件土地の現物出資時における価額は九、八三三、〇〇〇円ということができる。

三、そこで、本件土地による現物出資額四〇〇万円は、その価額九、八三三、〇〇〇円の二分の一に満たない著しく低い金額を対価とするものであるから所得税法五九条一項、同施行令一六九条により本件における譲渡所得金額計算における収入金額は右価額相当金額九、八三三、〇〇〇円とみなされることとなる。

四、したがつて、これを基礎に原告の昭和四二年分所得税にかかる総所得金額に加算すべき譲渡所得金額を計算すると前記のとおり収入金額は九、八三三、〇〇〇円であり、また本件土地の取得価額が一五〇万円であることは当事者間に争いがないから、譲渡益は八、三三三、〇〇〇円であり所得税法三三条四項により特別控除額三〇万円を控除した後の譲渡所得金額は八、〇三三、〇〇〇円となる。そして総所得金額に加算すべき譲渡所得金額は同法二二条二項二号により右金額の二分の一であるから、その額は四、〇一六、五〇〇円である。

五1. 右のとおり原告の昭和四二年分所得税にかかる譲渡所得金額は四、〇一六、五〇〇円であり、本件決定処分における譲渡所得金額三、七六九、〇〇〇円は、右金額の範囲内であり、本件決定処分における給与所得金額および所得から差引かれる金額については原告が明らかに争わないのでこれを認めたものとみなすべきであるから、本件決定処分は正当額の範囲内でなされたものであり適法であるということができる。

2. また、本件無申告加算税賦課決定処分は右適法な決定処分により納付すべきこととなつた所得税額に基づいてなされたものであるから一応適法なものということができる。

なお、原告は期間内申告書を提出しなかつたことには正当な理由があると主張するが、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件現物出資について昭和四三年分所得申告にあたり、これを同年分所得として申告したが、右申告をなすに至つたのは本件土地上に建物(ビル)を建設する時点で所得があつたことになるとの誤解に基づくものであること、そして右誤解は昭和四三年分所得税申告にあたつての名古屋東税務署員に対する納税相談においても解消されず本件決定処分があつてはじめて解消されたものであること等の事実が認められる。しかし、かように誤解のため次年分としての申告を行つた事実があつたとしても、これのみで期限内申告書不提出の正当理由があるということはできず、他に右正当理由を認めるにたりる資料は全然ないので、右原告の主張は採用できない。

第三、よつて、本件各処分はいずれも適法であり、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 下方元子 裁判官 小林克已)

別紙

課税処分表

<省略>

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